真鍮キット組立をメインにする予定です。


by genta-nozz
カレンダー

長年の疑問が解けたっ!

 お昼ご飯を食べに池袋へ出て・・・。

 乾杯っ!
c0141782_21103786.jpg

 休日だと昼間から呑めて幸せです。

 インドカレーを食べて・・・。
c0141782_21115466.jpg


 有楽町線と東西線を乗り継いで着きました。
c0141782_21123444.jpg


 地下鉄博物館です。
c0141782_21131430.jpg


 年配者には超懐かしい「リコ式吊り手」です!
c0141782_2114327.jpg

 この頃は銀座線も丸ノ内線も車内が一瞬真っ暗になりました。第3軌条の切れ目ですけど、このコトを知っている人も少数派でしょう。私は小さな非常灯(?)が先頭車から順番に点灯した光景をハッキリ覚えています。

 館内を進むとシールドトンネルが展示しています。
c0141782_21202670.jpg

 シールドマシンで加圧しながら掘り進んでセグメントを設置するのは知っていました。でも、内側からセグメントを順番に嵌め込んだら最後の1ピースが挿入できないんじゃないかと、ず~っと疑問でした。

 その疑問がようやく解決しました!
c0141782_21234927.jpg

 コレなら内側から嵌め込めます。

 土圧が設計荷重以上に強くなってボルトが破断したらスポンと外れないのかな・・・との疑問は残りますが、喉に刺さった小骨が取れた気分です。
Commented by さがみ at 2013-06-17 00:05 x
リコ式吊り手、懐かしいですね。高校の頃、日比谷線3000系にも残っていました。銀座線は新1500形(1501~1560)からMGが付いてセクションで消えなくなりましたね。新1500形が連結されていない編成の1700形は2個モーターから4個モーターに増強されて、頭に+の記号が書かれていました。トンネルの中で勇ましい吊り掛けの音を響かせていたのも遠い昔のことになりました。丸ノ内線試作車の1400形も吊り掛け駆動に改造されて(足回りは400形に転用されたとか)、イレギュラーな編成を組んでいました。
 今や、01系置き換えの1000系が急速に増殖しています。都電9000形のようなニセレトロですが・・・。
Commented by genta-nozz at 2013-06-17 12:19
さがみさま コメント有難うございます。

日比谷線にもリコ式吊り手の車両が走っていたんですか。
当時は幼かったので吊り手に手が届かなくて、ようやく握るコトができました。
銀座線や丸ノ内線は1両ずつ順番に蛍光灯が消えていたので、通し回路が設けられていないのかなと不思議でした。
Commented by さがみ at 2013-06-17 12:43 x
丸ノ内線は池袋のシーサスクロッシングを渡る時に窓の横の予備灯が点灯しましたが、MGが付いていたので、消灯はしませんでした。第3軌条から離れている間もMGが惰力で回転していたからなんでしょう。予備灯が消えると蛍光灯もほんの少しの差ですが、元の明るさに戻るのが分かりましたね。銀座線はカルダン車の2000形までMGがなく、室内灯は第3軌条から直接取っていたので、セクションにかかると消灯していました。
 リコ式の吊り手は、日比谷線3000系の前期までだったと思います。8連化で組み込まれた3500形などは同時期の6000系のようなおむすび型だったと思いますし、東西線5000系は国鉄との絡みで一般的なタイプでした。
Commented by genta-nozz at 2013-06-18 10:00
さがみさま コメント有難うございます。

>丸ノ内線は池袋のシーサスクロッシングを渡る時に・・・
丸ノ内線と銀座線ではセクションを通過する際の点灯が異なっていたのですね。記憶がごちゃ混ぜになっていました。

>リコ式の吊り手は、日比谷線3000系の前期まで・・・
走行中に揺れないし角度も決まってカッコイイと思っていましたが、途中から採用されなくなったのが不思議です。
当時は子供で背が小さくてリコ式吊り手を掴めませんでしたが、今回ようやく握れて嬉しかったです。
Commented by さがみ at 2013-06-20 19:22 x
リコ式の吊り手は、座っている人が立った時に前に立っていた人が吊り手を放したら、メガネを割ってしまったとかで廃止になったと聞きましたね。何となく納得できる理由です・・・。

 銀座線は、MGのある1500N1・N2形を除いて、浅草のシーサスクロッシングを渡る時など、渡っている間ずっと真っ暗になっていました。
 駅手前のセクションでも一瞬消えましたが、MGのある丸ノ内線は、そこでは予備灯すら点灯しませんでした。
 全車非冷房の「ムシブロメトロ」(「さわやかメトロ」という駅貼りポスターがあって、それにマジックで落書きされていました)だった、社会人駆け出しの頃の思い出です。
Commented by genta-nozz at 2013-06-21 11:59
さがみさま コメント有難うございます。

>リコ式の吊り手は、座っている人が立った時に・・・
そんな理由があったんですか。てっきりコスト削減だと思っていました。
それならバネ圧を調整すれば何とかなったかもですね。

>全車非冷房の「ムシブロメトロ」・・・
昔は冬に暖かく夏に涼しいと言われてたらしいですね。
その後は、駅やトンネルをエアコンで冷やして非冷房車を走らせていたのが嘘みたいです。
Commented by さがみ at 2013-06-21 14:53 x
日比谷線などはカーブも多く、駅間も短いので、力行の時はフルステップまで行かず、直ぐにブレーキをかけるので、常時抵抗器に電気が流れた状態でした。これでは暑いわけですね。しかもオールM。ドアや壁もかなり温まっていました。トンネル温度の上昇は地下水くみ上げで水位が下がったことによる分もあったようですね。銀座線1500N1形はトンネル冷房を前提にした設計だったそうです。
Commented by genta-nozz at 2013-06-23 21:55
さがみさま コメント有難うございます。

>日比谷線などはカーブも多く、駅間も短いので・・・
日比谷線乗り入れに際し20m車の使用を希望した東武に対し、東急(と営団?)が18m車を主張して後者になった経緯がありますね。
しかも言い出しっぺ(?)の東急が乗り入れ中止・・・。
皮肉としか言いようがありません。

上野(新橋もありましたね)乗り入れを目指して免許の申請を繰り返していた東武が可哀想です。
ま、プチ東武ファンの戯言ですけど。
by genta-nozz | 2013-06-16 21:31 | えと・せとら | Comments(8)